B Virus感染症

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更新日:
 2008年12月28日






Bウイルス感染症

 Bウイルス感染はサルに由来するバイオハザードのうち、最も古くから知られ、最も重要なものである。これまでに感染例、防止対策等、数多くの論文が発表されている。しかし、対策はサルの取り扱いを中心としたものであって、感染した人の処置については、ほとんど触れられていない。
 1990年に米国疾病管理センター(Center for Disease Control : CDC)とエモリー大学(ここはCDCと道路をはさんだ反対側にあるので、両者の間には密接な協力関係ができている)が合同で44名の専門家によるBウイルス・ワーキンググループを結成し、人のBウイルス感染の検出と管理についての合理的な対策を検討してきた結果、1994年9月に暴露された人でのBウイルス感染の防止と処置についてのガイドラインが発表された(Guidelines for the Prevention and Treatment of B-Virus Infections in Exposed Persons: Clinical Infectious Diseases, 20, 421-439, 1994)。

1. Bウイルス感染症の概要
 Bウイルス感染症は、旧世界ザル由来の人獣共通感染症の一つで、ヒトおよび新世界ザルが感染すると致死的症状を呈することで問題とされている。
 1932年に米国の研究者Brebnerが外見上正常なアカゲザルに咬まれ、急性進行性髄膜脳炎で死亡したのが初発例である。1933年にゲイとホールデンにより、その脳からウイルスが分離され、その性状が明らかとなった。
 そのウイルスの性状についての研究結果が1934年にセイビンとライトにより報告され、死亡した患者のイニシアル(W.B)をとって、Bウイルスと命名された。ちなみにセイビンはポリオ生ワクチン(セイビンワクチン)の開発者である。
 その後、1973年までに17名の感染例が報告された。1973年から1987年までは感染例は2〜3名に減少した。ところが1987年にフロリダ(Pensacola)で4名の集団感染例が見出された。そのうち1名は妻が夫の皮膚病変から感染したもので、人から人への感染の最初の例である。
 この集団発生がきっかけとなって1987年10月にCDCはサルを取り扱う人のBウイルス感染を防止するためのガイドラインを発表した。CDCはさらに1989年に、アカゲザルの腎臓細胞培養に汚染したBウイルスからの感染の危険性を減少させるための勧告を行った。
 1989年にはミシガン(Kalamazoo)で3例の集団発生が起こった。また1990年にはサルの健康管理を担当していた獣医の感染も報告された。これらを含めて1987年から1994年までにBウイルス感染が確認されたものは8例である。
 以上の感染例の傾向をワーキンググループでは1950年代、1973〜1987、1987〜1994と3つの時期に分けて以下のように分析している。
 1950年代後半に12例の感染が起きているが、これはポリオワクチンの検定が始まり、多数のサルが使用されるようになった時期に一致している。
 1973〜1987にほとんど感染例がなくなった。これはケタラール麻酔の普及とスクイーズケージの採用で、サルの保定が確実に行われるようになったこと、また厚手の手袋など保護衣が用いられるようになったことが感染防止に役だったとみなされる。Bウイルス感染が起こらなくなったこの14年間に新しい世代の研究者や動物飼育員が加わってきた。そして十分な安全対策が守られなくなり、事故が起きても報告しないことや、傷口の手当が不十分であるといったいくつかの問題が生じてきた。一方、この年代にはエイズとの関連によるサルのレトロウイルス研究や肝炎ウイルスの研究が盛んとなり、サルとの接触の機会が増えた。
 1987年からBウイルス感染の集団発生が2回起きたことなどは、以上のような背景によるものと推測されている。
 Bウイルスは正式名称Cercopithecine herpesvirus 1(オナガザルヘルペスウイルス1)、一般にSimian herpes B virus(SHBV)と呼ばれ、ヘルペスウイルス科のαヘルペスウイルス亜科に属する。分子量は約130kd、核酸は2本鎖DNA、約160kbでG- C含有量が約75%である。

2.  Bウイルスの自然宿主と感染様式
 Bウイルスの自然感染は、アカゲザル、カニクイザルで最もひんぱんに見つかっている。ほかにボンネットザル、ニホンザル、タイワンザル、ブタオザル、ベニガオザルからもウイルスが分離されている。わが国では1960年にニホンザル、タイワンザル、カニクイザルでヘルペス潰瘍が見つかり、タイワンザルから分離されたウイルスがBウイルスと同定されたことが報告されている。未成熟のサルでは感染率は低く、性成熟に達すると急速に上昇して80〜90%にまでなる。
 ウイルスは人の単純ヘルペスウイルスと非常によく似ていて、感染後、神経細胞の中に潜在する。この状態ではウイルスは排出されず、サルは全く正常である。人の単純ヘルペスウイルスが強い太陽光線や寒さにさらされた時に口唇にヘルペス潰瘍をつくるのと同様にサルでも寒さ、ストレスなどにさらされると、Bウイルスによる口唇潰瘍ができる。この時にはウイルスは神経細胞から出て、口腔粘膜の上皮細胞で増殖し、唾液の中に放出されている。このようなサルに接触することで人への感染が起こる。
 普通、サルでは軽い口唇潰瘍の症状であるが、時に重症になることもある。1974年にカリフォルニア大学の霊長類センターで屋外に飼育されていたボンネットモンキー79頭中40頭が呼吸器症状を呈して16頭が死んだことがある。Bウイルスが分離されたことから、Bウイルス感染の集団発生とみなされている。当初は異常な寒さが原因と推測されたが、のちに、当時その施設でサルエイズ(D型レトロウイルスによるもの)が流行していたことが明らかとなったことから、エイズによる免疫抑制が、Bウイルスの活性化にかかわっていたのではないかと考えられるようになった。
 免疫抑制を引き起こす実験、たとえば免疫抑制剤の投与、エイズモデルの実験などでは、それまで正常なサルでもBウイルス活性化を引き起こし、人への感染の機会を増加させるとともに、サルに対しても病原性を示す恐れがある。
 感染ザルでは軽症(不顕性感染、口腔内潰瘍)だが、ヒトおよび新世界ザルが感染すると脳脊髄炎症状を呈し、致命率はヒトで約50%である。

3. 人の感染
 1932年の最初の報告から1994年4月までに報告されたBウイルス感染は40例以下である。1970年代までは70%以上の致命率であったが、初期での抗ウイルス剤による治療や維持療法の進歩で致命率は低下してきている。
 典型的な臨床経過は暴露後1〜2日目に傷口に膿疱が出現し、局所リンパ節の腫脹が見られる。1〜2週後には全身性の神経症状をともなった脳炎が急速に進行して死亡する。特殊な例としては約10年前にサルに接触したことのある人が、その後はサルとの接触は全くなかったのに、眼に帯状疱疹、躯幹に水疱が出現し、その水疱からB ウイルスが分離された。これは長期間ウイルスが神経組織に潜在していたことを示す例とみなされている。
 サルから人への感染経路としてはサルに噛まれたり、ひっかかれた際にサルの唾液が傷口に付着することが最も多い。サルから直接でなく、サルの頭蓋骨を手袋をせずに洗ったこと、サルに使用した注射針を指に刺したこと、サルの腎臓細胞培養に用いたガラス容器の破片で切り傷を受けたことなど、間接的な感染も多い。
 人から人への2次感染は、前述のフロリダでの集団発生の際にみられた。これは技術員である夫がサルを取り扱っていた際に受けたと思われる傷口に出来たヘルペス様潰瘍(皮膚生検の結果、Bウイルス抗原が検出された)に妻がハイドロコーチゾン軟膏を塗った後で起きた。たまたま彼女の指輪の下に接触性皮膚炎があって、そこが膿疱状になり、そこからBウイルスが分離されたことから2次感染であったことが確かめられた。
 サルによる咬傷やひっかき傷など、接触例は米国だけでも年間数1000例はあるとみなされているが、しかも1987〜1994の感染例は8名だけである。不顕性感染があるかどうかは重要な点であるが、この点について、最近米国NIHでサルに接触する機会のあった人300人についてBウイルス抗体を調べられた。しかし陽性例はみつからず、不顕性感染を示唆する結果は得られなかった。

4. Bウイルス感染症の症状
 感染性のBウイルスが分泌されているサルから咬傷などにより感染した場合、局所での第一次増殖後、末梢神経を伝達して中枢神経組織に到達し、上行性脊髄炎や脳脊髄炎を起こし、経時的な臨床症状を呈する。
(1)早期症状:接触部の激痛や掻痒感、外傷部周囲の水疱や潰瘍、リンパ節腫大。
(2)中期症状:発熱、接触部の感覚異常や麻痺、結膜炎など。
(3)晩期症状:頭痛と項部硬直、悪心と嘔吐、脳幹部症状(眩暈、交差性知覚障害、脳神経麻痺)、意識障害、脳炎など。(Holmes GP,et al:Clin Infect Dis 20,1995 )。

5.  Bウイルス感染症の診断
 サルによる創傷の後、上記した皮膚の水疱や神経症状を呈した場合にはBウイルスの感染を疑う。確定診断は、皮膚病変部、脊髄液および血清を検体として、特異ウイルスゲノムの検出や抗体の検出で行う。医師の依頼に限り、国立感染症研究所・筑波霊長類センターで実施している。なお、サルのBウイルス抗体検査は予防衛生協会(筑波霊長類センター内)で行っている。
 また、Bウイルス感染の患者を診断した場合は、最寄りの保健所に7日以内に届出義務がある(感染症法、第12条)。

6. 応急処置
 咬傷、引っ掻き傷部を早急に石鹸などで洗浄し、消毒薬に15分以上つける。眼や粘膜の場合は滅菌生理食塩水や流水でよく洗浄する。

7.  治療
 ヒト感染症例での予防と治療に、抗ヘルペスウイルス剤(アシクロビルおよびガンシクロビル)の投与が推奨されている。
 1987〜1994の間に実験室感染が確認された5名が初期または神経症状出現前に治療を受け、2〜3週間で症状が軽くなった。例えば、前述の2次感染例では皮膚科医の診察を受けた後、直ちにアシクロビルの経口投与をはじめ、Bウイルス感染が確定してからは入院してアシクロビルの静脈注射が行われて回復した。
 1987年フロリダでの集団発生以来、テストされたサンプル数は数1000になり、そのうち数100人は検査結果を待たずにBウイルス感染の疑いでアシクロビルの投与を受けた。中には4〜7年間にわたって経口投与が行われた例もある。しかし副作用は報告されていない。
 アシクロビル治療については賛否両論がある。賛成意見は暴露後数分以内に注射を開始すれば感染を防ぐことができる。また24時間後でも症状の出現を防ぐ可能性があるという。
 一方、反対意見は次のようなものである。Bウイルス感染は極めて稀であり、ほとんどの場合、アシクロビルは不要である。応急的治療による感染阻止または発病阻止が可能ということは論文として発表されていない。静脈注射では数日仕事を休まなければならず、費用もかかる。この治療は普通の場合、不要である。アシクロビル治療でウイルス排出と抗体陽転が抑えられることから、正確な診断が困難となる。

8. 予防対策
 マカカ属サルは全てBウイルスを排出しているという認識で取り扱うことが大事である。サルからの傷のほとんどは防ぐことができるはずである。


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