渡航者下痢症のお話

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更新日:
 2008年6月28日







◎渡航者下痢症:Traveler's diarrhea
 先進国の住民が衛生状態の不良な発展途上国滞在中に起こす下痢を総称する。発展途上地域を旅行すると、1ヶ月あたり30〜80%の頻度で下痢をおこす。

・一般的予防法
 多くは経口感染症あるいは食中毒と思われる。飲食に対する注意が重要である。

・早期診断・早期治療
 経口補液療法の要点を覚えておくとよい。やたらと抗生物質を使用することはお奨めできない。

・予防接種・予防内服
 一部に乳酸菌製剤やビスマス製剤などの使用を推奨する意見もある。

・下痢や血便をおこす病原体
 以下の病原体が下痢をおこすことが知られています。
  ウィルス:ロタウィルス、エンテロウィルスなど
  細菌:大腸菌の一部、赤痢菌、サルモネラ菌、コレラ菌、他のビブリオ、キャンピロバクター、ぶどう球菌など
  原虫:赤痢アメーバ、ジアルジア、クリプトスポリジウム、戦争イソスポーラなど
  蠕虫:毛頭虫、糞線虫、住血吸虫、異型吸虫など
 頻度上、毒素原性大腸菌(Enterotoxigenic E.coli)、サルモネラ、キャンピロバクター、腸炎ビブリオ、クリプトスポリジウムなどによるものが多い。

・下痢の定義と分類
 ヒトの口からは、飲料水として1.2リットル/日、食品として約1リットル/日の水分が入る。さらに消化管には約10リットル/日の消化液が分泌される。このうち99%は腸粘膜で吸収される。腸粘膜での水分吸収が低下し、糞便として排出される水分量が200ml/日を越えた状態を下痢(diarrhea)と呼ぶ。

・排便回数
 一日の排便回数で下痢の程度を分類するのが実際的である。概ね、一日3回以内は軽症(mild)、4〜9回は中等症(moderate)、10回以上は重症(severe)の下痢と呼ぶ。

・便の性状
 便の形が崩れないものを固形便(formed stool)、形は崩れても平坦にはならないものを軟便(loose stool)、水様で盛り上がりが全くないものを水様便(watery stool)と呼ぶ。通常の便は色(多くは褐色)があるが、重症の下痢では無色(米のとぎ汁様)となる。こういった便をみた場合、コレラを疑う。便に血液が付着あるいは混入している場合、赤痢を疑う。固形便の場合は、表面をよく観察することが重要である。

・随伴症状
 感染性の下痢は、発熱、脱水、嘔気、嘔吐、腹痛などの症状をしばしば伴う。

・下痢の初期診断
 下痢の診断・治療を開始するにあたって、暫定的な診断名をつける。水様便を特徴とするものを分泌型(secretary type)の下痢あるいは小腸炎(enteritis)とする。便意頻回に発熱や腹痛を伴うものを侵襲型(invasive type)の下痢あるいは大腸炎(colitis)とする。前者には水分と電解質の補給を行うことが重要で、後者には炎症の原因を特定することが重要であるとされる。両者の症状が混在している場合、混合型(mixed type)あるいは単に腸炎(enterocolitis)と呼ぶ。

・下痢の最終診断
 血液検査と糞便検査を実施した上で、対症療法を行い、経過を観察する。最終的に、糞便検査で下痢起因菌あるいは腸管寄生虫検出された場合、病原体に応じて診断名が決定する。(コレラ、サルモネラ腸炎、アメーバ症、クリプトスポリジウム症など)。
 原因不明のまま治癒した場合、急性腸炎(Acute gastroenterocolitis)という暫定診断名がそのまま最終診断名となる。
 病原体が検出されず、かつ症状が持続する場合、内視鏡検査などを行って原因を究明する。

・感染性による分類
 下痢症が集団発生した場合、消化器系伝染病と集団食中毒を疑う。前者は病原体が人体内で増殖し、ヒト−ヒト伝播が発生する点で後者と区別される。集団発生でなくとも、中等度以上の下痢で随伴症状を伴うものは感染性の下痢を疑うのが通常である。コレラやクリプトスポリジウム症は分泌型、サルモネラ腸炎やアメーバ症は侵襲型の症状を呈することが多い。

・旅行者下痢症への対応
 発展途上地域に旅行する場合、下痢は珍しいものではない。激しい下痢の場合、トイレから離れることができなくなる。海外では、医療機関を受診することなく、自己処置を行うことになるのが通常であろう。ただし、脱水の予防、原因の推定、感染拡大の予防を考える必要がある。

・脱水の予防
 下痢で大量の水分が失われると、脱水により、口渇、全身倦怠、脱力感、頻脈、血圧低下などの症状が出現する。電解質異常により、食欲不振、頭痛、筋肉のけいれん、意識障害などの症状が現れる。生命に危険が及ぶ事態を避けるため、経口補液が必要である(後述)。

・原因の推定
 以下に該当する場合、医師に相談することが望ましい。
 ・一日10リットル以上の水様下痢(コレラの疑い)
 ・便に血液が混じる(赤痢の疑い)
 ・2〜3日経過して改善傾向がみられない場合

・感染拡大の予防
 感染性の下痢症が疑われる場合、家族や同僚への感染を防ぐため、以下の注意が必要である。
 ・コレラや赤痢の疑いがある場合、早急に医師に相談すること。
 ・排便後の手洗いに注意し、周囲に汚染を広げないよう心がける。
 ・他人との接触を控える。食品の取り扱いに注意する。

・経口補液療法:Oral rehydration therapy
 急性下痢のほとんどは自然治癒する。下痢に対しては、原因のいかんを問わず、適切な水分補給が根本的な治療であるという考え方である。
 下痢がある場合に、水分のみを飲用しても吸収されない。適度の糖分と電解質を含んだ飲料なら、よく吸収される。下痢の治療に適した飲料は、医薬品としての電解質製剤(ソリタ顆粒など)、市販のスポーツドリンク(ポカリスウェットなど)、椰子のジュースなど、水に砕いたビスケットを浮かべたもの。
 こういった飲料を、失われた水分量とほぼ同量飲用することが、下痢治療の原則である。下痢に抗生物質を使用することは、多くの場合、有害無益である。
 海外渡航中の下痢にはこの考え方で対応する。ただし、先進国では点滴を行うのが通常である。重症の下痢なら、医師に相談するのが原則であろう。


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