フロンのお話

  メニュー

 TOPページ 

 日本情報 

 海外事情 

 辞典 

 医学の話 

 科学の話 

 食品の話 

 知識の宝箱 

 メモ帳 

  



更新日:
 2008年6月28日







 フロンとは、炭素、塩素、フッ素からなる化合物の総称で、各元素の結合の仕方に応じてさまざまな種類があります。フロンという呼称は日本独自のもので、諸外国では、クロロフルオロカーボン(塩化フッ化炭素)の頭文字をとってCFCs(終わりのsは種類が複数あることを示しています)とか、デュポン社の商標のまま、“フレオン(Freon)”と呼ばれています。
 フロンは、1928年、GMの技術者トマス・ミッジリによって合成されました。彼が、この物質を開発したのは、当時の冷蔵庫が持っていた欠陥を克服しようという明確な目的がありました。
 冷蔵庫を冷却するためには、適当な冷媒を気化させて気化熱を奪う方法が一般的ですが、この頃使われていた冷媒は、アンモニア、塩化メチル、二酸化イオウなど、有毒物質ばかりでした。このため、冷蔵庫から漏れた冷媒によって、一家全員が中毒死するという悲劇も起きていました。当時はまだ、冷蔵庫は一般家庭には普及していなかったのですが、今後、使用が拡大することが予想され、安全な冷媒を探すことは重要な課題でした。
 ミッジリは、周期律表を参照しながら研究を続けた結果、フッ素化合物こそ望む性質を有する物質であるとの確信を得て、最終的にフロンに到達しました。その無毒性に自信を持った彼は、公開実験で自らフロンガスを吸い込んで、安全性をアピールして見せたのです。

・フロンの化学的特性
 フロンに生体毒性がないのは、この物質が化学的にきわめて安定なことに起因しています。多くの毒物は、生体内に侵入して、何らかの化学反応をすることによって、その毒性を発揮します。例えば、一酸化炭素は、赤血球のヘモグロビンとの親和性が高く、肺でのガス交換の際に酸素より先に結合してしまうため、酸素運搬が阻害され、脳の低酸素状態などを引き起こして中毒症状をもたらします。これに対してフロンは、化学的に安定で生体物質と結合しないので、直接、吸い込んでも何の反応も起こさないまま吐き出されます。フロン自体は、生物に対して直接的な悪影響を全く及ぼさないのです。
 化学的に安定という特性は、単に生体毒性がないというだけではなく、工業的に応用する上で、次のような特長があります。
 ・不要な化学反応を起こさない(洗浄剤として好都合である)
 ・腐食性がない(フロン以前の冷媒は、パイプなどを腐食する危険があった)
 ・長期間の使用に耐える(冷蔵庫やエアコンなどの耐久財で使用できる)
 ・不燃性がある(フロン規制後にスプレーで使用されているLPGに比べて安全である)
 ・熱に対して安定で分解しにくい
 しかし、「化学的に安定」な物質は、使用後、環境中に放出されると、いつまでも分解されずに残留するという危険があります。
 すでに1960年代にPCBやDDTなど、残留性の高い化学物質による公害が広く知られるようになっていて、フロンの潜在的危険性を指摘する声もありました。しかし化学者の大半は、「フロンは大丈夫だろう」という見方をしていました。というのは、PCBやDDTと異なり、生物に対して毒性が全くないため環境中に蓄積されても生態系に何らかの影響を及ぼすとは考えにくいからです。また、フロンは気体なので、大気中に拡散するため、生体濃縮を起こす心配もないと考えられました。こうしたことから、フロンは人類が造り上げた最も安全な化学物質だという認識が広まったのです。
 化学的安定性に加えて、フロンには、次のような好ましい特徴があります。
 ・加圧、減圧によって簡単に液化、気化する(液体としても気体としても利用可能)
 ・無色、無臭である(スプレーで使用しても不快感を与えない)
 ・不純物のない製品を合成できる(洗浄剤として使用できる)
 こうしたフロンの有用性に気がついたデュポン社(アメリカ)は権利を買い取って、1930年から「フレオン」という商品名で量産化に乗り出しました。その思惑は見事に当たり、フロンは冷蔵庫以外にも様々な分野で利用されるようになっていったのです。

・フロンの用途
 工業的に利用されるフロン(フロン11、フロン12など)は、次のような用途で使われていました。
 ・洗浄溶媒(LSIやOA機器の洗浄、ドライクリーニングなど)
 ・冷媒剤(ビル空調用の大型装置や家庭用冷蔵庫、自動販売機、エアコン、カーエアコンなど)
 ・発泡剤(スポンジのような多孔質の樹脂の製造で利用)
 ・断熱材(ポリウレタンフォームやポリスチレンフォームの内部に閉じこめて使用)
 ・スプレー噴射剤(ヘアースプレーや虫よけスプレーなどに使用)
 日本では、半導体工場での洗浄用に利用されることが多かった。半導体は、わずかでもホコリや不純物が残っていると不良品になりやすいので、丹念な洗浄が必要となるのですが、通常の水には、様々な不純物が溶け込んでいるため、洗浄剤としては好ましくないのです。また、多くの有機溶剤は可燃性物質で、工場で大量に使用するには危険性が伴います。これらに比べて、合成されたフロンには不純物がほとんど含まれず、化学的に安定で、半導体基盤や金属、プラスチック部品を腐食することもありません。さらに、表面張力が小さく、僅かな隙間にも入り込むうえ、使用後は、速やかに蒸発して後に残らないので、洗浄剤として理想的なのです。不燃、無毒なので安全性も高い、とまさに理想の洗浄剤だったのです。

・オゾン層と紫外線
 環境に対するフロンの危険性が初めて科学的に指摘されたのは、1974年、アメリカのローランドとモリーナによって、成層圏のオゾン層を破壊するという警告が出された時です。
 オゾンは酸素原子が3つ結合した分子で、それ自体は、呼吸器の上皮細胞を傷害する有毒なガスです。地表付近には、排気ガスなどに含まれる“スモッグ”オゾンが多少あるだけですが、高度15〜35kmの上空では、多量のオゾンが層をなして存在しています。これが、オゾン層と呼ばれるものです。
 オゾン分子には、紫外線を吸収する作用があるため、オゾン層は、太陽から降り注がれる有害な紫外線を遮るバリアとなります。地球上で生物が繁栄していられるのは、この自然のバリアが存在しているからです。
 紫外線は、細胞傷害性があり、特に、染色体上の遺伝子を傷つけ、生物の繁殖力を低下させたり、皮膚ガンを発症させる作用があります。強い太陽光を浴びると日焼けするのは、皮膚表面にメラニン色素を沈着させて、紫外線が体内深くまで侵入するのを防ごうとする生体防御反応の一種です。もし、オゾン層が破壊されて紫外線が地表に降り注ぐようになると、次のような被害が発生することが予想されます。
 ・人間の健康 :皮膚ガン、白内障、抗体異常の増加
 ・農作物   :不稔率の増加、病虫害に対する抵抗力の衰弱
 ・水中の生態系:植物プランクトンの減少と、これに連なる食物連鎖系の崩壊

・フロンによるオゾン層の破壊
 フロンによるオゾン層の破壊が警告された当時、これを本気にする学者は少なかったのです。オゾンは、成層圏で定常的に生成されているものです。大量のフロンが大気中に放出されているとは言っても、成層圏まで拡散していくのはごく僅かで、十分に希薄化されたフロンがオゾン分子を分解する程度では、オゾン層はびくともしないと考えられたのです。当時は、PCBをはじめ、人工的な物質による環境汚染に対する関心が高まっており、様々な物質に対して、環境毒性を指弾する意見が次々と発表されていたため、学者の間でも「またか」という意識があったのかもしれません。また、オゾンの量が減少しているという報告も、どこからもなかったことも原因だったと思われます。
 ところが、1985年に事態が一変したのです。イギリスの南極調査班が、ハレーベイ基地上空におけるオゾン層を測定したところ、春期オゾン層が7年間で40%以上も減少したことを発見したのです。オゾンが極端に減少している領域(明確な境界を持つわけではない)は「オゾンホール」と呼ばれ、ここを通って南極の地表に達する紫外線量が増加していることは、近年の観測によって確かめられています。
 人間が大量に使用しているとはいえ、自然界の大気の量と比較すると微々たるものにすぎないフロンが、何故、オゾン層を破壊することができるのか。そこには、科学者の予想を超えたメカニズムが作用していたのです。
 化学的に安定なフロンは、大気の下層では光分解もせず水にも溶けないため、しだいに大気中の濃度が高まり、成層圏へと拡散していきます。高度25〜35kmに達すると、さしものフロンも強力な紫外線を浴びて分解され、塩素原子(Cl)を放出します。この塩素原子は、オゾン(酸素原子が3つ結合したもの:O3)を次のような化学反応によって分解します。
  Cl + O3 → ClO + O2
 ただし、この反応だけで終わるのなら、少量のフロンが少量のオゾンを分解するというレベルで、自然界に大きな影響を及ぼすほどではありません。問題は、酸素と結合した塩素原子(一酸化塩素)が、極成層圏雲と呼ばれる雲に含まれる氷の結晶表面で、遊離酸素や別の一酸化塩素と反応して、また元の塩素原子に戻ってしまうことなのです。
  ClO + O → Cl + O2
 ここで自由になったClが再びオゾンを分解し、また酸素原子を離して自由なClに戻り、という過程を何度も繰り返すことになるのです。つまり、たった1個の塩素原子が、平均十万個のオゾン分子を、次から次へと分解していくという悪魔の連鎖が発生していたのです。
 化学的には、フロンから放出された塩素が触媒となって、それ自体は変化せずにオゾンを分解していくことになります。オゾンがいかに大量にあっても、これでは多勢に無勢です。現在では、南極上空におけるオゾン層の減少が主としてフロンに起因するということが、ほぼ確認されています。
 なお、オゾンを殺菌などのために人工的に生成することは可能です(多くの工場からは、公害物質としてオゾンが排出されています)。しかし、生物に悪影響を及ぼさないように成層圏に機械を打ち上げて大量のオゾンを生成することは、技術的に困難です。

・フロン対策の現状と将来
 こうした事態に対して、紫外線をカットするメラニン色素が少ない白人を中心に、危機感が高まってきました。特に、南半球にあって白人の多いオーストラリアでは、深刻視されています。オゾン層破壊の効果がきわめて大きい「特定フロン」については、1989年に発効したモントリオール議定書によって、先進国では1995年までに生産が中止されています。
 その効果が少しずつ現れ、大気中のフロン濃度は1999年頃をピークに減少傾向に転じました。特定フロンに代わってエアコンの冷媒や電子機器洗浄などに利用されている「代替フロン」の一部(HCFC)にも、特定フロンほどではないのですがオゾン層破壊の効果があるため、2020年までに廃止することが決められています(最近では、特定フロン、代替フロンを併せて「フロン類」と呼ぶのが一般的です)。
 しかし、事態は決して楽観できる状況ではありません。現在進行中の二酸化炭素による地球温暖化の影響で、地表付近の温度が上昇する反動で南極上空の温度が低下し、その結果、氷の表面で化学反応が生じるオゾン層破壊の過程が促進されるため、フロン濃度が低下してもオゾンホールが拡大を続けると予想されています。
 1998年に国連環境計画・世界気象機関が発表した予測では、2020年頃にオゾンホールが最大になり、その後は回復に向かうものの、オゾンホールが消滅するのは2050年から21世紀末までになるとされています。さらに、特定フロンに代わって使い続けられる洗浄剤(PFCなど)や冷媒(HFCなど)の中には、地球温暖化を促進する効果が二酸化炭素の1万倍になるものもあり、オゾン層破壊とともに二重の環境破壊が続けられることになります。これらは、1998年に締結された京都議定書に従って段階的に削減される予定ですが、実際には、需要の高まりに応じて使用量は増大傾向にあります。また、ノンフロン冷蔵庫の冷媒として使用される炭化水素(イソブタンなど)は、可燃性気体であるため、室内に漏れた場合には火災の危険が高まるという問題もあります。
 オゾン層破壊を少しでも和らげるためには、1995年以前に製造されたエアコンや冷蔵庫を廃棄する際に、その内部に封入されているフロンを適切に処理しなければなりません。欧米諸国では、1990年代にフロン処理に関する法律が整備され、メーカーなどにフロン処理が義務づけられていましたが、日本では法整備が遅れ、これまで大量のフロンが大気中に放出されるがままになっていました。
 1999年度の特定フロン回収率は、家庭用冷蔵庫27%、業務用エアコン56%、カーエアコン18%と低水準にとどまっています。こうした事態を改めるため、政府は、家電リサイクル法(2001年施行)、自動車リサイクル法(2004年施行)などを制定し、ユーザーの費用負担によってメーカーがフロンを回収することを義務づけました。例えば、家電リサイクル法によれば、ユーザーが冷蔵庫を廃棄処分するときには、処理費用(4600円+運送費)を支払って、小売店経由でメーカーに搬送しなければなりません。この費用が高すぎると不満を口にする人もいますが、大型冷蔵庫の場合、フロン回収などに手間が掛かるため、処理には1万円程度を要しており、法律の趣旨に反して、費用をユーザーとメーカーが折半しているのが現状です。

フロンの分解技術 

inserted by FC2 system