サイズと時間のお話

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更新日:
 2009年1月11日






 いろいろなホ乳類で体重と時間の関係を測定したところ、時間は体重の1/4乗に比例したのだそうです。体重が16倍になると時間が2倍になるということです。これは、大きな動物ほど、何をするにも時間がかかるということを意味しています。
 生物学には、このような体のサイズに応じて異なる時間の単位があるそうです。これを“生理的時間”と呼んでいるそうです。
 息を吸って吐いて、吸って吐いてという繰り返しの間隔の時間を、心臓の鼓動の間隔時間で割ると、息を1回吸って吐く間に、心臓は4回、ドキン、ドキンと打ちます。これは、哺乳類なら、サイズによらず、一定なのだそうです。ほ乳類では、一生の間に心臓は20億回打つと言われています。すなわち、一生の間に、約5億回、息を吸って吐くということです。ゾウはネズミよりも長生きですが、心臓の拍動を時計と考えると、どちらも全く同じ長さだけ生きて死ぬことになります。
 哺乳類の場合、心臓が1回打つ間に消費するエネルギー量は、体重に関係なく、体重1kgあたり0.738ジュールだそうです。そして、一生の間の総エネルギー使用量は、15億ジュールだそうです。ちなみに、152億ジュールとは、灯油に換算すれば4万Lを燃やした熱量に相当します。
 恒温動物では、食べたエネルギーの2%が成長に利用され、77%は呼吸で燃えてなくなり、21%が糞として排泄されるそうです。
 仮に10トンの干し草があるとします。これを体重500kgのウシ2頭に食べさせても、体重2kgのウサギ500羽に食べさせても、結果は同じということです。総体重1トンの恒温動物が食べれば、サイズに関係なく、0.2トンの肉が新たにでき、6トンの糞の山ができるという計算です。ただし、食べる時間は、体のサイズによって異なります。
 ウサギは、この干し草の山を3ヶ月で食べつくしますが、ウシは食べつくすのに14ヶ月かかります。時間は、全て体重の1/4に比例して長くなっていくのです。つまり、早く肉を作りたいのであれば、小さい動物を飼う方が効率的だということです。
 また、少ない餌でたくさんの肉を作りたいなら、変温動物の方が効率的です。変温動物は、恒温動物の10倍の収量があるそうです。これらのことを考えると、牛を食べるということは、時間的にみても、エネルギー的にみても非常に贅沢なことなのです。牛の肉がトカゲの肉より、ニワトリの肉よりも高いのは理にかなっているのです。

 生物は、体長1mmをほぼ境にして、その生きている世界が大幅に変わってしまいます。何故ならば、小さい世界と大きい世界とでは、働く物理法則が違っているからです。
 大きい世界はニュートン力学が支配する世界であり、慣性力が主役となります。一方、小さい世界では慣性力は主役になりません。慣性力は質量に比例していて、質量は長さの3乗に比例するため、サイズが小さくなれば急速に質量が減少して慣性力が非常に小さくなってしまうからです。このため、小さい世界では、慣性力に代わって分子間力の引力が主役になります。すなわち、環境がべたべたと粘りついてくる世界なのです。また、小さい世界では、熱運動による分子のゆらぎも無視できなくなります。これは統計力学が支配する世界です。

 ここで慣性力と粘性力について考えます。慣性力と粘性力の比はレイノルズ数(Reynolds number)と呼ばれています。これらの関係は、以下の式で示されます。
 レイノルズ数 = (慣性力)/(粘性力)
        = (密度)/(粘度)×(長さ)×(速度)
    慣性力 = (質量)×(加速度)
 レイノルズ数が大きければ粘性力は無視することができ、慣性力だけを考えれば良いのです。レイノルズ数が小さければ、粘性力だけを考えれば良いのです。レイノルズ数を知れば、その物体に働く力の種類や物体の周りの流れの様子が分かるので、流体力学では最も基本的な数値となっています。

 体長1mm以下では、粘性力が慣性力よりも大きいのです。この粘性力が支配する世界では、環境がベタベタと粘りついてきます。サイズの小さい生物にとっては、水は水飴のようにベタベタと粘っこい性質に感じているはずなのです。
 体長1cm以上の生物は慣性力が支配する世界に住んでおり、0.1mm以下の生物は粘性力の世界に住んでいると考えて良いでしょう。その中間の1mm前後の生物では、レイノルズ数が1程度であり、粘性力と慣性力の両方が関わってきます。しかし、レイノルズ数はサイズだけでなく、速度にも比例するため、動く速度を変えることによって、粘性力と慣性力の世界を自由に行き来することができます。

 ツリガネムシという単細胞生物がいます。これは、原生動物繊毛虫の仲間で50〜100μm程度の大きさですから、粘性力が支配している世界の住人です。釣り鐘の部分に繊毛が生えており、これで水流を起こし、それに乗って運ばれてくるバクテリアを捕まえて食べます。ふだんは釣り鐘から伸ばした1本の柄で枯れ枝などに付着し、固着生活を送っていますが、環境条件が悪くなれば、釣り鐘だけが柄から離れて、他の場所に泳いで移動していきます。この時、ツリガネムシは、自分の繊毛を使って泳いでいくのです。繊毛が関わっている時には、粘性力が支配している世界の住人です。
 ツリガネムシの柄は、ふだんは伸びていますが、何かに触れられたり、振動を感じると、クルンと螺旋を描いて縮みます。これは、捕食者から逃れるためのシステムです。これは、スパスモネーム(マイオネーム)と呼ばれる特別の収縮装置によるもので、筋肉とは全く異なった収縮機構を持っています。この柄の縮む速度は、今まで知られている最も速い筋肉よりも10倍も速い速度だそうです。粘性力の世界では、環境が粘りついてくるから、動けば必ず環境も一緒に引きずっていくことになります。だから、捕食者に気づいて逃げようとしても、環境ともども捕食者を引きずっていくことになってしまいます。この解決方法として、逃げる速度をものすごく速くして、レイノルズ数を大きくし、慣性力の支配する世界に移ることが考えられます。ここでは環境は粘りつかないので、捕食者を振りきることができます。
 スパスモネームを持つものには、他にラッパムシやスピロストムムがいます。どれも繊毛虫で、単細胞生物としては超特大で、体長が1〜2mmにもなります。このサイズだと粘性力の世界と慣性力の世界の両方を行き来することができます。
 水中を泳ぐ生物で、繊毛を使える生物は体長が20μm〜20mm程度です。鞭毛を使える生物は、体長が1μm〜50μm程度です。0.2〜5μmのものはバクテリア鞭毛を使います。100μm以上だと筋肉を利用して泳ぐことができます。
 泳ぎまわる最も小さい生物がバクテリア(細菌)であり、体長が0.2〜5μm程度で、バクテリア繊毛と呼ばれる毛を持っています。この大きさでは、自分の体長に比べ、熱運動による動きが無視できなくなります。熱運動によって分子が動いて移動していくことを拡散と呼びます。拡散して動く距離と、それに要する時間との関係は、次式のように示されます。
 (移動距離^2)= 2×D×(時間)
 ここで、Dは比例定数であり、拡散係数と呼ばれ、分子の大きさ、温度や溶液の種類によって決まる定数です。この式は、「拡散によって動いた距離の2乗の平均値は、時間に比例する」ことを表しています。比較的小さい分子が室温で水の中を拡散するときには、Dの値は10-5 cm2/sec程度になります。
 バクテリアの体長は約1μmです。1μmの距離を拡散で分子が移動するのに要する時間を上式から求めると、0.5ミリ秒になります。体長の10倍、10μmを動くのに要する時間はその100倍になりますが、それでもわずかに0.05秒しかかかりません。バクテリアの泳ぐ速度は1秒間に20μmほどですが、拡散で分子が動く距離は1秒間に45μmです。つまり、バクテリアよりも環境の方が速く移動するのです。ということは、バクテリアは餌を取りに行かなくても、餌が向こうからやってくるということになります。このような都合が良い話が成立するのは、サイズが非常に小さい場合だけです。(拡散に要する時間)は(拡散で動く距離)の2乗に比例するため、動くべき距離が2倍になると時間は4倍になります。例えば拡散で1mm動くには8分かかりますが、体長0.1mmのゾウリムシが泳げば、1秒で移動できます。ゾウリムシ程度のサイズでも、待っているだけでは餌は得られないということです。

参考文献
 本川達雄:“ゾウの時間 ネズミの時間”、中央公論社(1992)
 

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