狂犬病の話

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更新日:
 2020年5月3日






◎狂犬病の話(2020年4月17日)
 「狂犬病(きょうけんびょう、英語: rabies)」は、ラブドウイルス科リッサウイルス属の狂犬病ウイルス(Rabies virus)を病原体とするウイルス性の人獣共通感染症です。水などを恐れるようになる特徴的な症状があるため、恐水病または恐水症(英: hydrophobia)と呼ばれることもあります。実際には水に対する過敏症ではなく、音、風にも敏感になり、感覚器に刺激を覚え、痙攣などを起こします。
 一般的には、感染した動物の咬み傷などから唾液と共にウイルスが伝染する場合が多く、傷口や目、唇など、粘膜部を舐められた場合も危険性が高いようです。感染したコウモリが住む洞窟内での飛沫感染例も報告があります。狂犬病ウイルスはヒトを含む全ての哺乳類に感染し、昔は感染源のほとんどがイヌだったことから、「狂犬病」と呼ばれるようになりました。
 アジア、アフリカ地域では犬、ネコが、アメリカ、ヨーロッパではキツネ、アライグマ、スカンク、コウモリ、ネコ、犬が、中南米では犬、コウモリ、ネコ、マングースが感染動物として知られています。このようにネコ、コウモリ、サル、アライグマ、イタチ、アナグマ、タヌキなど、イヌ以外の多くの野生動物が感染源として報告されており、「犬」が原因でないことが知られています。安心安全と勘違いしている日本人は、野生動物への接触は危険をともなうことを理解しておくべきでしょう。通常、ヒトからヒトへ感染することはありませんが、角膜移植や臓器移植によるレシピエント(移植患者)への感染例はあります。
 毎年、世界中で約5万5千人の死者を出しているウイルス感染症であり、一度発症すると100%死亡するという恐ろしい病気です。ちなみにアジア地域が3万人以上と推定されています。狂犬病による死者の95%以上はアフリカとアジアで発生しています。感染した動物に噛まれた人の40%は15歳未満の子供です。ただし、狂犬病はワクチンによって予防できる疾患でもあり、ヒトからヒトへの伝播がなく、大流行に繋がる恐れもないことから、感染症対策の優先度は低くなる傾向があるようです。ただし、ヒトからヒトへの感染は、狂犬病に感染した患者が他の人に噛みついたり、患者から採血し終わったあとの針を誤って医療従事者が刺してしまえば起こり得るので、可能性は極めて低いもののゼロではありません。
 潜伏期間は、咬傷の部位によって大きく異なります。咬傷から侵入した狂犬病ウイルスは、神経系を介して脳神経組織に到達し、発病します。その感染の速さは、日に数mmから数十mmと言われています。したがって、顔を噛まれた場合よりも、足先を噛まれた方が咬傷後の処置の日数が稼げることになります。脳組織に近い傷ほど潜伏期間は短く、2週間程度です。遠位部では数か月以上かかり、2年という記録もあるそうです。
 前駆期は風邪に似た症状のほか、咬傷部位皮膚の咬傷部は治癒しているのに「痒み」や「チカチカ」などの違和感、熱感などがみられます。急性期には不安感、恐水症状(水などの液体の嚥下によって嚥下筋が痙攣し、強い痛みを感じるため、水を極端に恐れるようになる症状)、恐風症(風の動きに過敏に反応し、避けるような仕草を示す症状)、興奮性、麻痺、精神錯乱などの神経症状が現れますが、脳細胞は破壊されていないため意識は明瞭とされています。腱反射、瞳孔反射の亢進(日光に過敏に反応するため、これを避けるようになる)もみられます。その2日から7日後には脳神経や全身の筋肉が麻痺を起こし、昏睡期に至り、呼吸障害によって死亡します。
 しかし、典型的な恐水症状や脳炎症状がなく、最初から麻痺状態に移行する場合もあるようです。この場合、ウイルス性脳炎やギラン・バレー症候群などの神経疾患との鑑別に苦慮するなど、診断が困難を極めるようです。恐水症状は喉が渇いていても水に恐怖を感じてしまうため、苦しむ動物や人間は多いようです。
 1885年、ルイ・パスツールによって弱毒狂犬病ワクチンが開発されました。これは狂犬病を発病したウサギの脊髄を摘出し、石炭酸に浸してウイルスを不活化するというものでした。パスツールは狂犬病の予防ワクチンだけでなく、すでに感染した患者にワクチンを投与することで、早期なら発病の防止が可能であることも発見しています。
 狂犬病のワクチンとしては、動物の脳を用いて狂犬病ウイルスを培養して作成した動物脳由来ワクチンと、培養組織を用いて狂犬病ウイルスを培養して作成した組織培養ワクチン(PCECV)があります。いずれのワクチンも、狂犬病ウイルスを不活化して作製した不活化ワクチンです。通常、3回のワクチン接種で、咬傷後の免疫グロブリンは不要です。
 動物脳由来ワクチンとしては、ヤギ脳由来のセンプル型のワクチンと、乳のみマウス脳由来のフェンザリダ型のワクチンがあります。組織培養ワクチンは、ドイツと日本で製造されているニワトリ胚細胞のワクチン(PCEC: purified chick embryo cell vaccine)のほかに、フランスのヒト二倍体細胞ワクチン、VERO細胞ワクチン(PVRV: purified Vero cell rabies vaccine)があります。
 狂犬病が発症後の治療法は存在しません。感染前(曝露前)であれば、ワクチン接種によって、予防が可能であることから、予防接種が推奨されています。これはヒト以外の哺乳類でも同様であることから、日本では狂犬病予防法によって、飼い犬の市町村への登録及び、毎年1回の狂犬病ワクチンの予防接種が義務付けられています。
 日本では1920年代に年間およそ3千500人が犠牲になっていましたが、1950年に施行した「狂犬病予防法」よって激減し、1956年の1人(犬は6頭)を最後に国内での感染例はありません。1957年以降、日本では狂犬病の自然発生は報告されていません。
 ただ、1970年にはネパールで、2006年にはフィリピンで犬にかまれた旅行者2名が帰国後、発症し、死亡したという事例があります。1957年から2015年までに国内で狂犬病を発症して死亡した日本人は、上記の3人しかいません。全て海外に渡航し、旅先で感染し、帰国後に発症して死亡した例です。
 2020年5月22日、愛知県豊橋市は市内の病院に入院中の患者が狂犬病と診断されたことを発表しました。これは、日本において2006年にフィリピンで犬にかまれた旅行者2名が帰国後に発症、死亡して以来14年ぶりの狂犬病事案でした。
 日本では、感染症法に基づく「四類感染症(感染症法6条5項5号)」に指定されており、イヌの狂犬病については「狂犬病予防法」2条の適用を受けています。「狂犬病予防法」では、生後91日を経過した犬の飼い主は、その犬を所有してから30日内に市町村に犬を登録し、狂犬病の予防注射を受けさせて注射済票の交付を受けることが義務付けられています。法律上は、登録されていない犬、狂犬病の予防注射を受けていない犬、鑑札や注射済票を装着していない犬は捕獲の対象となります。仮に飼っていた場合、飼い主には20万円以下の罰金が科せられます。法的には、役所で渡される鑑札や注射済票は、首輪などに取り付けて常に愛犬に装着させておく決まりになっています。
 ウシやウマなどの狂犬病については、家畜伝染病として「家畜伝染病予防法」2条及び、「家畜伝染病予防法施行令」1条の適用を受けています。
 ただし、近年、狂犬病が発生しておらず、危機感が薄らいでいるようです。一般社団法人ペットフード協会の2018年の調査によると、犬の推計飼育頭数は約890万匹であるのに対し、自治体の登録数は約620万匹と大きな乖離があるそうです。また、自治体に登録された犬の数に対し、予防接種率はおよそ7割となっており、この30年ほどで大きく低下しているそうです。


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