継ぎ足しのタレに意味はあるか

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更新日:
 2020年5月3日



◎継ぎ足しのタレに意味はあるか(2019年8月15日)

 老舗の鰻屋さんや焼き鳥屋さんでは、「創業時からの秘伝のタレ」、「創業時からの継ぎ足しのタレ」という説明がされることがありますが、果たして「継ぎ足しのタレ」に意味はあるのでしょうか?

 鰻や焼き鳥では、タレの入った壺に焼いた鰻や鳥肉を浸して味をつけるため、その逆にタレの方にも鰻や鳥肉の旨味が入ることになり、継ぎ足しのタレは、作り立てのタレには無い旨味があるのかもしれません。

 まずは、「操業時からのタレ」が残っているかを考えます。

 創業時のタレの壺の容量を30L、1人当たりに使用するタレの量を8ml、1日に平均100人分の鰻を提供すると仮定します。また、減ったタレは、その日の夜に補充をすることとします。

 ちなみに2010年5月1日に日本テレビで放送された「世界一受けたい授業」によると、1866年(慶応2年)創業の東京、銀座にある竹葉亭という鰻屋さんでは、タレの器は約15リットル、1人前に使うタレは約8cc、1日につくる平均は約100人前、とのことでしたので、上記の仮定は、それほど間違った数字ではないと思います。ちなみに全体(30L)の2.7%が1日に消費される、という割合です。

 1日に消費するタレは8cc×100人=800ccですので、1日目の営業が終了した時に残っているタレの量は30L−0.8L(800cc)=29.2Lとなります。ここに減った分(0.8L)を新しいタレで補充し、30Lにします。これを毎日、繰り返していったとすると、n日経過後の元のタレの量(M)は、

 M(L) = 30(L)×((30−0.8)÷30)^n

 で表されます。実際に計算すると、下記の表のようになります。

経過日数(日) 元のタレの量(L) 割合
1 29.2 97.333%
2 28.42 94.733%
3 27.66 92.200%
7 24.83 82.767%
10 22.89 76.300%
30 13.33 44.433%
60 5.93 19.767%
90 2.63 8.767%
120 1.17 3.900%
150 0.52 1.733%
180 0.23 0.767%
210 0.1 0.333%
240 0.05 0.167%
270 0.02 0.067%
300 0.009 0.030%
330 0.004 0.013%
360 0.0018 0.006%
720 0.0000001060 0.00000035%

減ってしまいます。さらに30日後には13.3L(44.4%)と半分以上が新しいタレに交換されてしまいます。さらに60日後には5.9L(19.8%)となり、120日後には30日後には1.2L(3.9%)とほぼほぼなくなったような状態になります。210日(7ヶ月)も経つと創業時のタレは0.1L(100ml)しか残っていない状態(0.3%)になり、360日(1年)後には30Lの壺の中に1.8ml(0.006%)と、もう探すことも不可能なほど少量しか残っていないことになります。続けて計算していけば、0にはなりませんが、限りなく0に近くなっていきますので、終わりがありませんが、実際の感覚としては、1年と言わず、半年も経てば、創業当時のタレは残っていないと考えられます。

 ただ、「創業時のタレが残っている」ことが重要なのでしょうか。

 むしろ「継ぎ足す」ことによって「味のブレがなくなる」という話もあります。

 以下の仮定をしてn日目のタレの濃度を数学的に検討された例がありました。

・創業時のタレの濃度を0.1とする
・一日に割合c(c=0.1)だけタレが使われる
@継ぎ足す場合は、毎日使われた分量だけタレを新たに加える
A継ぎ足さず、作り直す場合は、タレが切れるまで使用し続け、無くなってから1から作り直す
 (ここでは毎日c=0.1使われると仮定しており、10日で1(全量)となり、10日ごとに1から作り直すことになります。)

 ここで人間的な仮説を加えてシミュレーションするため、以下の仮定を追加します。

・継ぎ足す場合でも作り直す場合でも、新たに作ったタレは、その日のタレの濃度から少しブレてしまう。
・新たに作ったタレの濃度は、その日のタレの濃度のみに影響をうける
・そのブレeは平均0、標準偏差0.01の正規分布に従う

 つまり、新しいタレは、その日のタレを味見して、それに近いように作るのではないか、という仮定です。

 上記仮定のもとでn日後のタレの濃度をr_nとすると、

 r_{n+1} = (1-c)r_n + c*r_n(1+e)
     =  r_n * (1+ce) (継ぎ足しの場合)

 r_{n+1} = r_n * (1+e)  (作りなおす場合)

 となります。
 これを約20年間、7000日のシミュレーションを100回ずつおこなった方のデータがネットにあがっていましたが、面白い結果でした。

 継ぎ足しをしていると味のブレはあまりなく、長期間経過しても、創業時と同じ味(比較的近い味)を維持できるようです。一方、なくなってから作り直していくと、場合によっては創業当時とは大きく異なってしまうのです。

 この点からは、「継ぎ足し」というのは、「創業当時からの美味しい味を受け継いでいく」、という重要な意味があるようです。

 この「継ぎ足しのタレ」ですが、衛生上、問題はないのでしょうか?

 1つにはタレの濃度が重要になると考えられます。砂糖漬けや塩漬けなどの保存食が知られていますが、これらが日持ちするのは糖分や塩分の濃度が高いことによって細菌が繁殖できない環境になっています。継ぎ足して使われるようなタレやスープは、たいていは濃い目の味つけになっていると思われますので、砂糖漬けや塩漬け同様、傷みにくいものと考えられます。また、お店によっては、数日に1度、火入れ(温度をかけて殺菌する)を行って殺菌しているという話もあります。このような作業を行っていれば、衛生上の問題は、かなり減るものと考えられます。

 このようなタレに鰻や鳥などの旨味が入ると考えられますので、継ぎ足しのタレには「創業時」という意味はなくても、「美味しい」という意味があるのかもしれません。

 また、「創業時の」というフレーズを使うには、それなりの年月を必要とします。それだけの期間、丁寧に作ってきたタレがあるということは、お店のレベルの高さを期待させます。

 結論として、「継ぎ足しのタレ」は、「そのお店の確かさを証明する」という意味があるのではないかと思います。



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